インド企業の時価総額ランキングです。インドの株式市場に上場する銘柄の企業価値の順位(2025年3月時点)。
1位は化学メーカー、リライアンス・インダストリーズ(RIL)になっています。
2位はHDFC銀行、3位はタタ財閥のタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)です。巨大な有名企業が上位を占めています。インド株式オンラインやプレナス投資顧問、ブルームバーグ、Hitomi AIのレポートを参照しました。
インドの株式時価総額ランキング(2025年3月)
| 順位 | 社名 | 概要 |
|---|---|---|
| 1位 |
リライアンス・インダストリーズ (RIL) <時価総額> 16兆8800億ルピー (約29兆円)
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インド最大の石油化学メーカー。リライアンス財閥の母体企業。ポリエステル生産では世界最大の規模を誇る。アクリル、ポリマー、化学繊維原料、プラスチック、洗剤原料なども手掛ける。
【創業】 創業者のディルバイ・アンバニ氏は1932年グジャラート州生まれ。貧しい村の教師の息子だった。 16歳で中東イエメン(当時は英国植民地)に出稼ぎに行く。ガソリンスタンド店員として働いた後、フランス系商社の事務員として雇われた。約10年間のイエメン生活で、石油ビジネスの基礎や、リスクを取って利益を生む「商売の勘」を養った。 当時、イエメンで流通していた通貨(リアル銀貨)に含まれる銀の含有量に着目したアンバニ氏は、「通貨としての価値」よりも「銀としての価値(地金価値)」の方が高いことに気づく。この銀貨を大量に集めて溶かし、ロンドンの地金商に売却することで、多額の利益を得たと伝えられる。 1958年、インドへ帰国。当時26歳。ムンバイの雑居ビルの一室で、リライアンスの前身となる貿易会社「リライアンス・コマーシャル・コーポレーション」を創業する。 当初、スパイスを輸出し、ポリエステル糸(合成繊維)を輸入した。当時のインドではポリエステルは「夢の繊維」として需要が急増していた。しかし、政府の厳しい輸入規制(ライセンス制)があり、商社としての活動には限界があった。 そこでディルバイは「自分で作ってしまおう」と考えた。グジャラート州のナロダに工場を建設。繊維メーカーとして始動する。中古機械ではなく、海外から最新の織機を導入した。 しかし、既存の問屋は、新参者の商品を扱ってくれなかった。そこで、インド全土に数千の専売フランチャイズ店を作った。亡くなった兄の息子の名前を冠したブランド「Vimal(ヴィマル)」を立ち上げ、テレビや看板で大々的に広告を打った。 繊維メーカーとして成功すると、さらに「川上」へと遡った。以下の段階を踏んでいった。
繊維メーカーから化学メーカーへ、そして世界最大級の石油精製企業へと、数十年かけて数珠つなぎに事業を拡大していった。 近年、石油探索・生産・精製は大きな収益源となっており、「アジアの石油メジャー」とも呼ばれる。 2019年には、サウジアラビア国営石油会社のサウジアラムコが150億ドルを出資し、リライアンスの石油部門の20%を握る大株主となった。 |
| 2位 |
HDFC銀行
13兆500億ルピー
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大手民間銀行。貸し出し資産規模は民間金融機関としてインド国内トップ。個人向けの融資や投資顧問サービス、法人や機関投資家向けの融資や取引決済のほか、為替取引、デリバティブ取引を手掛ける。
本社はムンバイ。 民間銀行の新設認可が再開された1994年に、住宅ローン最大手の民間企業「HDFC」(住宅開発金融会社/Housing Development Finance Corporation)によって設立された。 母体である「HDFC」は1977年創業。インド初の民間住宅ローン専門会社として誕生した。 【創業者ハスムク・パレク】 「HDFC」の創業者はハスムク・パレク(H. T. Parekh/Hasmukh Thakordas Parekh)氏。 ハスムク・パレク氏は1911年、インド西部のグジャラート州スーラトで、質素なジャイナ教徒の家庭に生まれた。 ムンバイの聖ゼビエール大学で経済学を学んだ後、当時のインドの若者にとって最高の栄誉であったイギリス留学を果たす。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに入学。帰国後、ムンバイの証券会社に20年勤めた。ムンバイの金融街で最も尊敬されるアナリストの一人になった。 1955年、世界銀行とインド政府などにより、インドの工業化を推進するための産業銀行「ICICI(インド工業信用投資公社)」が設立される。証券業界での実績を買われたパレク氏は、ICICIの副総支配人として招き入れられた。有望な起業家を見つけ出し、アドバイスを与え、インドの近代産業を育て上げる業務に奔走した。 1972年、会長に昇格。「民間主導の投資銀行」へと変貌させた。 1976年、65歳でICICIの会長を退任する。普通の人間ならここで余生を楽しみますが、パレク氏は、自分の次の使命に気づいていた。「産業は育った。しかし、そこに働く人々が住む『家』がない」。 この使命感に基づき、パレク氏は翌1977年、「HDFC」を創業する。当時66歳。インド初の民間の住宅ローン専門会社だった。 それまでのインドでは、住宅ローンといえば、富裕層などの一部の人たちのためのものだった。 HDFCの最初のオフィスは、ムンバイの銀行の一部を借りた小さなスペースで、家具すら中古だった。「しかし、そこに座っていたのは、インドで最も信頼される男(パレク氏)だった」というのが、インド経済界の語り草だ。 当時の金融界の常識は、「個人に長期で金を貸せば、必ず回収不能になる」というものだった。担保となる住宅の差し押さえに関する法整備も不十分だった。 パレク氏は、「借り手の返済能力と人格を厳格に見極める」という審査手法の確立に取り組んだ。結果として、HDFCのデフォルト率はそれほど高くなかった。 また、世界銀行傘下の国際金融公社(IFC)や、アガ・カーン基金を説得し、出資と融資を引き出した。 1993年、甥のディーパック・パレク(Deepak Parekh)氏に引き継いだ。ディーパック・パレク氏は、HDFCが創業した翌年の1978年、伯父であるハスムク・パレク氏からの強い要請を受け、当時勤めていたロンドンのチェース・マンハッタン銀行(現・JPモルガン・チェース)でのエリート街道を捨て、インドに戻ってHDFCに加わっていた。 1994年8月に「HDFC銀行」を設立する。その3か月後、ハスムク・パレク氏が逝去(享年83歳)。 HDFC銀行の初代頭取には、シティバンク出身のアディティア・プリ(Aditya Puri)氏が就任。強力なリーダーシップのもと、HDFC銀行はテクノロジーを駆使した近代的な銀行として急成長する。 2000年には民間銀行のタイムズ銀行を買収。2008年にはパンジャブ・センチュリオン銀行を買収した。2010年代半ばには、インド最大の民間銀行となった。 2023年、親会社のHDFCを吸収合併した。 |
| 3位 |
タタ・コンサルタンシー・サービシズ (TCS) 12兆7100億ルピー
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世界最大のITサービス会社。タタ財閥の中核企業。タタ・グループ内で自動車のタタ・モーターズ、鉄鋼のタタ・スティールを上回る収益力を誇る。従業員は世界で45万人以上。 1968年に設立。21世紀に入って欧米企業からIT業務のアウトソシーングを次々と引き受け、急成長した。ソフトウエア事業の競争力も高く、ソフト力を生かしたインドのIT産業の成長のけん引役となってきた。同時に、国内や欧米のIT企業を積極的に買収し、規模をを拡大させてきた。 インドの時価総額で長年トップだった化学大手リライアンスを2017年に追い抜いた。現在、タタ財閥の持ち株会社タタ・サンズが株式の20%を握る。本社・ムンバイ。 |
| 4位 |
バーティ・エアテル
9兆3100億ルピー
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インド最大の携帯電話サービス会社。インドの若手起業家として目を見張る成功を遂げていたスニル・バルティ・ミッタル氏が1995年、37歳のときに設立した。2008年に契約件数が7,500万件を超え、国内移動体通信事業者として世界第4位になった。 東南アジア最大の通信会社シンガポール・テレコム(シングテル)が約33%出資している。2017年にはノルウェー通信大手テレノールのインド部門を買収した。固定通信のブロードバンドと法人向けサービスにも力を入れている。本社はデリー。 |
| 5位 |
ICICI銀行
8兆8300億ルピー
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インドの民間銀行2位。社名は、かつての社名「インド工業信用投資公社」のイニシャルから来ている。
1955年、世界銀行とインド政府によって設立された。産業化のための融資が主たる目的だった。 1990年代から小口金融を強化した。地方での小口金融などで急成長した。インド経済の拡大とともに急速に業績を拡大した。 1999年、ニューヨーク証券取引所に上場した。日本を除くアジアの銀行として初めてだった。 2005年、ロシアの地方銀行インべスティションナ・クレディトニー銀行(IKB)を買収した。すでに米国、中国、カナダ、シンガポールなど9カ国に支店や子会社を設けていたが、これにロシアが加わり海外拠点は10カ国となった。 NRI(非居住インド人)と呼ばれる海外に居住しビジネスで成功しているインド人を対象にした業務を強化した。 |
| 6位 |
インフォシス
6兆5600億ルピー
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ITサービス。北米、ヨーロッパ、アジア太平洋地域を中心にソフトウェア開発、コンサルティング、ITサービスを提供。マイクロソフト、オラクルなどを含め、多数のIT企業とパートナー提携している。
1981年、パトニ・コンピュータ・システムズ(Patni Computer Systems)という会社で働いていたN.R.ナラヤナ・ムルティのもとに、志を同じくする数人のエンジニアが集結した。 当時、ムルティには起業資金がなかった。そこで、妻のスダ・ムルティが、へそくりとして貯めていた10,000ルピー(当時のレートで約250ドル)を彼に手渡した。 当時のインドは、経済自由化前の「ライセンス・ラジ(許可の統治)」と呼ばれる時代だった。1台のコンピュータを輸入する許可を得るために、デリーまで何度も足を運び、2〜3年も待たされるのが当たり前だった。 1台のコンピュータを輸入するためにデリーの役所へ50回以上足を運んだ。役人への賄賂に頼らず、ひたすら愚直に粘り続けたという。 時差を利用して、米国が寝ている間にインドで開発を進める、という体制を築いた。例えば、米国の会社のSEが顧客から要件を聞き、仕様書を作成。夕方にインドへ送る。米国が寝ている間に、インドのエンジニアがその仕様に基づいてコードを書くーーといったサイクルだ。米国人が翌朝出勤すると、昨夜頼んだコードが出来上がっていることになる。 インドの優秀で安価なエンジニアを活用する先駆者にもなった。インド国内にコンピュータがなく、輸入もままならない初期段階では、エンジニアを直接米国のクライアント先へ送り込むという手法もとった。 1993年インド国内で上場後、1999年に米ナスダックへ上場。ADR(米国預託証券)としても取引されている。 |
| 7位 |
インドステイト銀行
6兆4900億ルピー
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インド最大の国営銀行。略称はSBI。
顧客数は約4億2000万人。日本の総人口の3倍以上。預金総額はインド国内の2割を占める。 1806年設立。1955年に国有化された。 |
| 8位 |
バジャジ・ファイナンス
5兆2200億ルピー
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消費者金融の大手。住宅ローンなども手掛ける。インドの二輪メーカー「バジャジ・オート」を発祥とする。現在もパジャジ・グループの傘下。
1987年に設立。 当時、インドの国民的な乗り物だった「バジャジ製スクーター」や「三輪車(オートリキシャ)」を購入する顧客に対して、分割払いの融資を提供することでした。 1994年上場。 「スクーターのローン会社」に過ぎなかった同社に大きな転機が訪れたのは2007年。バジャジ・グループの御曹司、サンジブ・バジャジ(Sanjiv Bajaj)が経営の舵取りを担うことになり、多角的な消費者金融へと転換し、急成長を遂げた。 最大の成長要因となったのは「無利息(0%金利)の分割払い」という手法。メーカーや小売店から販売促進費を受け取ることで、消費者には「金利ゼロ」で家電が買える仕組みを導入。中産階級の購買意欲を爆発させた。 また、当時、他社が数日かけていたローン審査を、独自のアルゴリズムを使って「数分」で完了させる仕組みを構築した。 |
| 9位 |
ITC
5兆1500億ルピー
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食料品・日用品メーカー。多角的な事業を手掛ける複合企業グループ。たばこ、日用品、食料品、ホテル経営、包装材、製紙、農業など。インド東部コルカタに本社を構える。
もともとは国営のタバコ会社だった。1974年に民営化された。 |
| 10位 |
ヒンドゥスタン・ユニリーバ
5兆1100億ルピー
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日用品メーカー。英ユニリーバの子会社。
化粧品、スキンケア製品、食品・飲料、洗剤、家庭用品などを幅広く製造する。インドの人口増加に伴い、収益拡大を続けてきた。 さらに、成長著しいアジア新興国の消費性向の変化を先取りし、高級品シフトを進めてきた。小規模な小売店から近代的なスーパーやドラッグストアまで販路が広い。本社・ムンバイ。 親会社のユニリーバはインドのヒンドゥスタン・ユニリーバとユニリーバ・インドネシアの2つの上場子会社を擁している。新興国市場での売上高が全体の約6割に達する。 |
| 11位 |
インド生命保険会社(LIC)
4兆6800億ルピー
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【業種】保険 |
| 13位 |
HCLテクノロジーズ
4兆1600億ルピー
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【業種】ITサービス
1976年、当時30歳だった現会長シブ・ナダール氏がシュリーラーム財閥の中核会社DCMを退社し、仲間6人とともにヒンドゥスタン・コンピューターズ・リミテッド(HCL)として創業。資本金20万ルピーで始めた。1978年にIBMのインド撤退でコンピューターの供給が停止したため、買い集めた部品で8ビットのパソコンを製造し、販売した事業が成功した。 1997年にHCLグループとして、インド国内でのハードウェア製造・販売およびシステム・インテグレーションに特化したHCLインフォシステムズと、サービス部門のHCLテクノロジーズを設立。HCLテクノロジーズはソフトウェアサービスに本格参入を果した。1995年、日本法人設立。本社はノイダ。 |
| 15位 |
コタック・マヒンドラ銀行
3兆9500億ルピー
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【業種】銀行 |
| 16位 |
マルチ・スズキ・インディア
3兆6200億ルピー
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【業種】自動車メーカー
インドにおける自動車産業の草分けのような存在。安価でモダンな小型車を普及させるという国民車構想のもと、1982年にインド政府とスズキの合弁で発足。その後、スズキが出資比率を順次引き上げ、2002年には経営権を掌握し子会社化した。本社はデリー。 |
| 19位 |
アクシス銀行
3兆1300億ルピー
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インドで5位の銀行。個人向け銀行業務から大企業向け貸し出し、投資銀行業務まで幅広く金融サービスを手掛ける。国内と海外に4000以上の支店がある。従業員は7万2000人。本店はムンバイ。1993年に「UTI銀行」の名前で設立された。2007年にアクシス銀行へと名称変更した。 |
| 58位 |
住宅開発金融会社
1兆3400億ルピー
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【業種】住宅ローン
住宅ローンで国内最大手。インドの住宅不足解消を目的として、1977年に設立された。住宅金融規定に則った住宅関連を推進し、住宅金融セクターと金融市場全体を融合させ、住宅セクターへの資金フロー増を図っている。 主な事業は、コンサルティング、融資サービス。関連会社にはHDFC銀行があり、子会社としては、HDFCスタンダード生命保険、HDFC投資信託、HDFC受託会社、HDFC証券、HDFC不動産などがある。 |
過去のランキング
【2024年3月】インド時価総額ランキング
【2023年6月】インド時価総額ランキング
<出典>
Trading View→
【2022年6月】インド時価総額ランキング
| 順位 | 社名 | 時価総額 |
|---|---|---|
| 1 | リライアンス・インダストリーズ (RIL)
|
【業種】石油・化学
16兆9480億ルピー |
| 2 | タタ・コンサルタンシー・サービシズ (TCS)
|
【業種】ITサービス
11兆7890億ルピー |
| 3 | HDFC銀行
|
【業種】銀行
7兆3870億ルピー |
| 4 | インフォシス
|
【業種】ITサービス
6兆4800億ルピー |
| 5 | ヒンドゥスタン・ユニリーバ
|
【業種】日用品メーカー
5兆1900億ルピー |
| 6 | ICICI銀行
|
【業種】銀行
4兆7760億ルピー |
| 7 | インド生命保険会社(LIC)
(ライフ・インシュアランス・コーポレーション・オブ・インディア)
|
業種:保険
4兆2290億ルピー |
| 8 | インドステイト銀行
|
業種:銀行
3兆9960億ルピー |
| 9 | 住宅開発金融会社 (HDFC)
|
業種:住宅ローン
3兆9170億ルピー |
| 10 | バーティ・エアテル
|
【業種】携帯電話
3兆7800億ルピー |
| 11 | コタック・マヒンドラ銀行
|
【業種】銀行
3兆3160億ルピー |
| 15 | HCLテクノロジーズ
|
【業種】ITサービス
6090億ルピー |
| 20 | マルチ・スズキ・インディア
|
【業種】自動車メーカー
2兆3510億ルピー |
| 25 | アクシス銀行
|
【業種】銀行
1兆9250億ルピー |
【2021年6月】インド時価総額ランキング
| 順位 | 社名 | 時価総額 |
|---|---|---|
| 1 | タタ・コンサルタンシー・サービシズ | 6兆6631億ルピー |
| 2 | リライアンス・インダストリーズ | 6兆4370億ルピー |
| 3 | HDFC銀行 | 5兆1640億ルピー |
| 4 | 住宅開発金融会社 | 3兆2024億ルピー |
| 5 | マルチ・スズキ・インディア | 2兆6215億ルピー |
| 6 | インフォシス | 2兆5621億ルピー |
| 7 | コタック・マヒンドラ銀行 | 2兆3506億ルピー |
| 8 | バーティ・エアテル | 1兆5859億ルピー |
| 9 | アクシス銀行 | 1兆3359億ルピー |
| 10 | HCLテクノロジーズ | 1兆2946億ルピー |